Schulhoff【Cinq Etudes de Jazz／Suite Dansante en Jazz／Funf Pittoresken】シュルホフ ピアノ作品集

【簡介】
 エルヴィーン・シュルホフ(1894-1942)は戦前のチェコ、ドイツで活躍した作曲家です。
 多くの作曲家がジャズに影響を受けた1920年代、彼は誰よりも早くジャズの手法をクラシック界に取り入れ、人気作曲家・ピアニストとして一世を風靡しました。
しかし1930年代になると、ナチスによる激しい弾圧に晒されます。彼の音楽はその先進性ゆえに「頽廃音楽」の烙印を押され、最後は彼自身も捕えられて強制収容所の中で壮絶な最期を遂げました。
 戦後になっても、シュルホフの音楽は長らく忘れ去られたままでした。1980年代後半からようやく見直しの動きが始まり、1990年代以降は演奏の機会が急増しています。
 彼は後期ロマン派、印象主義、表現主義、民族主義、社会主義レアリズム等の多彩な表現技法を駆使し、オペラから交響曲、協奏曲、室内楽曲、器楽曲、歌曲まで幅広い作品を残しました。
 特に、自身がピアニストとしても活躍したことから、多数のピアノ曲を残しています。
 当曲集では彼がジャズの影響を最も強く受けた時代に作曲した3曲を収めています。
 「5つのジャズ・エチュード」は彼のピアノ作品の中では今日最も演奏機会の多いものです。躍動感溢れるリズム、洒落た和声、鮮やかに発揮されるヴィルトゥオジティで演奏効果抜群の曲集です。
 「ジャズ舞踊組曲」は彼の「ジャズ時代」最後の作品で、エチュードよりもやや易しめに書かれており、中級者にも取り組みやすい曲集です。
 「5つのピトレスク」は彼が第一次世界大戦から復員した翌年に書かれた作品で、ダダイズムの影響を強く受けています。
 特に、休符だけから成る第3曲“In futurum(未来に)”は衝撃的な作品です。
ガーシュウィン、カプースチンらジャズに影響を受けた作曲家に興味をお持ちの方には是非弾いて頂きたい作曲家です。
著者について
 エルヴィーン・シュルホフ(Erwin Schulhoff)(1894~1942)
チェコの作曲家、ピアニスト。第一次世界大戦後にジャズとダダイズムに影響を受け、その手法をクラシックに反映させた。ユダヤ人であったがゆえに、名を伏せての音楽活動を余儀なくされ、ソビエトへ逃れようとしたが、チェコを去る前に逮捕され、強制収容所でその生涯を閉じた。

シュルホフ ― 時代の狂気に抹殺された鬼才
 第2次世界大戦中のナチスによる大量虐殺、所謂「ホロコースト」は20世紀人類最大の悲劇と言っても過言ではない。その犠牲者はユダヤ人だけで600万人、全体では1000万人にものぼると言われている。その中には多数の音楽家も含まれていた。
この時代、ナチスは芸術家たちの音楽活動にも政治的なプロパガンダを持ち込み、ユダヤ人による作品や、当局の意向にそぐわない音楽、即ち無調、十二音技法、新即物主義、ジャズ等「文化水準の高いドイツ国民の精神を穢すもの」を“頽廃［退廃］音楽（Entartete Musik）”と呼んで徹底的に攻撃・排除した。
1938年には悪名高き「頽廃音楽展」が開催された。ここではヒンデミット、シェーンベルク、ストラヴィンスキー、ヴァイル、クルシェネク、ヴェーベルンらの音楽が、「魔女のどんちゃん騒ぎと精神的・芸術文化ボルシェヴィズムのいかがわしい姿」「下等人間、傲慢なユダヤ的厚顔無恥、完全な精神的痴呆」として、公衆の前で晒しものにされ、貶められた。
その後、ホロコーストが本格的に始まると、ユダヤ系の音楽家たちは次々と捕えられ、抑留の後、アウシュヴィッツへと送られた。ユダヤ人以外でも、ポーランド人、セルビア人、ロマ人、黒人、共産主義者、精神病者などがホロコーストの対象となった。
シュルホフはユダヤ系にして共産主義者であり、「劣等人種」音楽であるジャズを取り入れた「頽廃音楽」を書くなど、ナチスにとっては“危険極まりない”人物だった。果たして、彼はナチスに捕えられ、強制収容所の中で命を落とした。
 終戦を迎えた後も、シュルホフの音楽には実に40年以上も陽が当たることがなかった。ヒトラーが死に、ナチスが滅びた後も、その殲滅活動は長くに渡って負の遺産を残し続けたのである。