Stanchinsky【Sonate es-moll／Premiere Sonate／Deuxieme Sonate】スタンチンスキー ピアノソナタ集

【簡介】
 ロシアの作曲家アレクセイ・ヴラジミロヴィチ・スタンチンスキー（1888〜1914年）は、26年という短い生涯の中で大胆かつ美しいピアノ作品を50ほど残し、メトネルやミャスコフスキー、タネーエフら同時代の作曲家を唸らせました。当版ではその代表作であるピアノソナタを3曲収載し、彼の短い生涯の一端をたどっています。
スタンチンスキーの創作のほとんどがピアノ曲であり、その特徴として、美しい旋律、6音音階・旋法を駆使した和声、複雑なリズム、素数拍子の採用、広大な音域の使用、対位法の活用などが挙げられます。収載した3曲のピアノソナタにはその全てが含まれています。
著者について
1888年3月、スタンチンスキーはロシアのヴラディミール州に生まれる。父親は化学技術者、母親は総合的な高等教育を受けた女性で音楽一家という訳ではなかった。しかし、5歳の頃には何時間もピアノの前で即興演奏を繰り広げ、6歳の時には自作のピアノ小品を演奏したという。
1900年12歳の時には個人指導を受けるべくモスクワへ。イオシフ・レヴィン（ピアノ）、アレクサンドル・グレチャニノフ（音楽理論）に師事した。1903〜04年には3つの無言歌と歌曲『私は夕暮れの夢を見た』を作曲。その頃生徒達の公開演奏会でベートーヴェン、リスト、シューマン、モシェレスを演奏した。
1905年、ジリャーエフから作曲理論を学び、1907年には対位法の大家セルゲイ・タネーエフからポリフォニーの授業を受ける。彼はスタンチンスキーの習作をみて日記にこう書いた。「すばらしく才能のある音楽家だ。」一方、モスクワ音楽院ではピアノをイグムノフから習う。
1907年の冬、タネーエフに文豪トルストイのところに連れて行かれ、自作の曲を演奏する機会を与えられた。その出逢いをきっかけに、スタンチンスキーはトルストイの作品（特に『戦争と平和』など）を読み入るようになる。後に「トルストイ主義」という名で知られる宗教哲学に彼の世界観は大きな影響を受ける（特に1910〜11年に神経症を病んだあとにその影響は顕著となる）。
1907〜10年、スタンチンスキーは夜想曲、練習曲、前奏曲、カノン、フーガなどのピアノ曲を作る。同時にピアノ三重奏曲、ロベルト・バーンズの詩による10の歌曲も作曲した。スクリャービンはこれらスタンチンスキーの作品を高く評価し、将来を有望視したという。
1910年、父親が急逝する。このことはデリケートで病的な作曲家に大きな影響を与える。元々彼は優しい心を持つ青年であったが、同時に熱狂的に興奮する性格でもあった。強く興味を持っていた哲学的問題について話すとき、燃えるような目つきになった。この性格は時々次のような妙な行動を引き起こす。友人と歩いていると、突如「一緒に崖に行って、自分たちをぶら下げにいこう」と言ったりした。こうしたことで精神の病の兆候があるとされ、彼は1年間、精神病院で過ごすこととなる。神と悪魔に交互に出逢うという妄想に悩まされた。後に退院してもなお、衝動的・熱狂的な心と優しくおとなしい心を併せ持つことに変わりはなかった。
1911〜14年、最も重要な作品群を産み出す。12のスケッチ、2つのソナタ、カノン形式による前奏曲集。不安定な精神状態の中でも、平常時には作曲が出来たという。これらの作品により彼は自らの語法を創出した。旋律はロシア音楽の古典に根ざしたものであるが、その展開法は斬新で、師のタネーエフを落胆させるほどの奇抜さであった。しかし、それらは厳格に計算されたもので一分の隙もない構成を有している。「音楽において最も重要なことは、主題とその発展である。」こうスタンチンスキーは友人に手紙で宛てている。
1914年3月2日、モスクワ音楽院での5人の作曲家による演奏会で自作品を弾き大成功を収め、「最も才能豊かで独創的な作曲家」と評された。また当時彼の自作品以外のレパートリーは以下のようなものであった。バッハのオルガンフーガ、コラール前奏曲、ショパンのエチュードとバラード、シューマンのノベレッテ、グリーグ、スクリャービン、メトネルの多数の小品群など。姉によれば、スクリャービンの練習曲嬰ニ短調、ショパンの幻想曲、ベートーヴェンのソナタなどが得意だったという。
1914年9月23日、栄光を約束された作曲家は謎の死を遂げた。ある時彼は一束の洋服と本を携え、金銭を持たず家を出る。道沿いには河があった。首まで浸かるような深さにもかかわらず、彼はその河を横断しようとする。2日後家族の住む家から6マイルほど先の河岸で、彼の遺体が農民達により発見された。わずか26歳であった。ある訃報記事にはこう書かれた。「スタンチンスキーの死はそれだけで興奮を呼び覚まし神秘的で芸術的だ。」メトネルはスタンチンスキーの想い出のために『3つの小品 作品31』を葬送行進曲として捧げた。
 生前出版されたのは『12のスケッチ 作品1』の一部のみである。作品の全貌が明らかになるのは1920年および1960年代の出版を待たなければならなかった。現在でもロシア以外に紹介されることは少なく、当版によりスタンチンスキーが世に知られる一助となれば幸いである。